現君主さまが、あと10日で引退されるそうです。
(君主放送でおっしゃっていました)
以前から公約などで、予告されていましたのでビッグニュースという訳ではないのですが。
…とのことです。君主放送っていいなぁ。
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さて、大分間が開きましたが、アジト編の最終回です。
※こちらの続きものです【1】 【2】 【2.5】 【3】 【4】
※できれば、先に覗いたうえでごらんください・・・。
バー「皇帝のご寵愛」のマスターは、屋根裏部屋の隠し扉を開きました。
このバーが開店された当初から、ギルド「皇帝のご寵愛」の専用部屋として設けられた部屋でした。最初は秘密の会合場所の予定だったのですが、幹部メンバーが酔うと競うように歌をがなり立ててしまう為、結局、誰もが知っている公然の秘密部屋となってしまったのです。
今はただの空き部屋となっており、マスターも滅多に踏み入ることは無い部屋でした。
雨漏りしていた屋根や壁の保守も終わり、新しい木の香りが漂っている中、天窓から差す雪明りが、斜めに壁を照らしています。
マスターは手にしていた燭台に火を灯し、階下で言われた通り、北側の壁に歩み寄りました。
「で、なんだ。何を企んでいるんだ?」
「企んでなんかいないわよ」
「さっきみたいな仕掛けが、まだあるんじゃないだろうな」
「それは知らないけど。その前に、おかわり頂戴」
「とっくに片づけ終わったんだが」
「頂戴」
「飲んだら話せよ」
「で、何だ」
「補修工事してたらね、見つけたんだって」
「見つけた?何を?」
「取り扱いに困るもの」
「何、危険物か?」
「で、扱いに困ったバネちゃんが、私に相談してきたの」
「だから、物は何なんだ」
「…屋根裏の壁よ」
「屋根裏…壁?何のことだ」
「…やっぱ、知らなかったのねー。ふふふ」
「おい、メイ。お前酔ってるな?」
「傷んだ羽目板の、下にあったのよー」
「屋根裏の壁なんだな」
「見ておいでー。北側の壁よー」
壁面に羽目板が取り付けられていない箇所があります。
マスターは近づき、眼が眩まないよう頭の横に燭台をかざします。
そこには、沢山のサインが残されていました。
中央に大きく書きなぐっているのはギルドマスター、乱鬼。
流麗な筆致のラッキー伯爵、巨体に似合わぬ小さな文字のバーストン、かろうじて文字と思われる引っかき傷は恐らく赤猿爺。
総勢19名。すべてマスターの先輩であり、漏斗戦争(※)で全員帰らぬ人となった仲間でした。
※名状しがたき魔と人類の全面戦争のこと。ヨウギク史上最悪の災害であるはずだが、公的文書には一文も掲載されていない。また、関係者とされる人物はすべて死亡または行方不明とされている。
当時、一番新米だったマスターは調理術の修行を命じられて、階下で料理を作ってはこの部屋に運ぶ役目でした。このためこれらの署名に気付かなかったのかもしれません。ある冬、むき出しの石壁では肌寒いという理由で羽目板を貼っていた事を思い出しました。
マスターは懐かしさで堪らなくなり、つい胸元から煙草を取り出し火を点けました。
「バネッサ、こいつは許せ」
マスターは呟き、ため息とともに煙を吐きました。
その時、署名の上に一行何かが書かれている事に気付きます。
「サム、見た?」
「ああ」
「全部?」
「ああ、全部だ」
「うふふふふ、どうよ」
「最後まで、一人前扱いされなかったって訳だ」
「そんだけ?」
「ま、当然だが」
「ふーん。で、あれどうするの」
「羽目板を貼ってもらって、おしまいさ」
「あのままでもいいんじゃない?」
「勘弁してくれ」
「モテモテだったもんねー、サマンサちゃん」
「その名で呼ぶんじゃねえ」
「ツインテールのサマンサちゃーん」
「てめえ!最後の決着つけてやろうか」
「まだまだ負けないわよっ」
階下の女同士の喧嘩は終わりそうにありません。
男たちの叶うことが無かった誓いの文。明日にはまた羽目板に閉ざされることとなるでしょう。しかしマスターにその想いを伝え、まだしばらくヨウギクで生きていこうと思わせたのなら、あながち無駄なものではなかったのかもしれません。
『国取りした時、一番Lvが高い野郎がサマンサにプロポーズする』
(おしまい)